480年の歴史ある福岡県大川市の桐家具の専門店「桐里工房」が制作する伝統工法で組み上げたモダンなデザインの囲炉裏テーブル

大川家具の歴史と榎津指物の起こり11

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大川家具の歴史と榎津指物の起こり11

第二次世界大戦後の異常な大川

戦争での敗戦は、日本の住宅や設備、文化や人間の心までも、全てを破壊して終結したが、全国の戦災復興や炭鉱住宅等の需要が一斉に始まり、大川には異常な木工ブームが訪れる事になりました。

敗戦国のどん底から、這い上がる為には、日本人が平和的な経済立国を再構築するための夢を描く事が必要でした。全ての住宅や家具は破壊され、何も無い状態ですので、誰もが貧しく、とりあえずの応急措置を至急行わないといけない状況でした。

住宅は、質はあまり重視しない、間に合わせの文化住宅や集合住宅が普及して、家具も今までの純和風ではなくて、洋風的な安価な家具が必要とされる様になります。

このような異常な時代背景の中で、大川に与えられた使命は量産家具の製作でした。

この戦前、戦後を境に、大川の家具作りは、大川の伝統的な家具造りを頑固に守りながら、良いものだけを造り続けていく職人と、時代の要求に応じて、量産品製作に切り替えていく職人の二分化が進みました。

これが大川の伝統工芸家具造りと産業家具工業品の分岐点となりました。この結果、大川の家具には、二つの顔が存在する事になります。

【戦後の桐箪笥】

【ダイハツ・ミゼットはダイハツ工業が1957年(昭和32年)から発売された軽三輪トラックです。大川ではほとんどの家具が馬車による輸送でしたが、三輪車トラックの普及により、家具や木材の輸送手段として使われる様になった。 】

昭和27年(1952年)三輪車トラックの登場により丸太の陸送が可能になり、筑後川での筏流しが夜明けダムの建設によって終わりとなりました。

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